第11篇 誇り高き氷川丸


※クリックして拡大800*645 152KB

目が覚めると
朝靄の中に
もう何世代も違う妹たちが ゆっくりと目の前を進んでいく
私が ここに繋がれて もうどれくらい経つのか
本当のところ
忘れてしまった


私の双暗車は既に無く 自慢だったディーゼルエンジンも今は動くことはない
美しくも気高い船室は 色も褪せ 華やかだった頃の幻想を思い起こさせるのみ
船艙に積みには無く デリックは何本も残っていない
錨は引き揚げられることもなく 羅針盤も方向は指せず
無線室は沈黙し 厨房に湯気立ち上ることもない


私はなぜ残ったのだろう
あのころの仲間はもうほとんど消えてしまった
奇蹟のように私は残され
いつでも大切に想ってくれる沢山の方々が 命の危機から救ってくれた
しかし 人は忘れる
私を愛してくれた人たちも少しづつ消えていってしまう
時間は夢も記憶もゆっくりと確実に 彼岸へとみんなを追いやってしまうから


ただ
ただ
それでも残るもの それは「誇り」のみ
決して滅しがたき「誇り」だけが 今や私の唯一の友人かもしれない


そう 私は誇り高き北太平洋の貴婦人
氷川丸
そう 私は誇りを未来に伝える者
氷川丸


そう 私は「氷川丸








(完)