打ち上げ花火


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昭和10年夏のある夜、帝國乙巡*1 三隈は僚艦最上に続いて呉を出港、三陸沖で行われる第4艦隊の演習へ向けて瀬戸内を東へと微速航行していた。
既に薄明は終わり、夜の帳はほぼ降りて沿岸の燈火と夜空には夏の大三角形が輝いている。爽やかな夏の夜風は窓を開放しているブリッジの中を柔らかに吹き抜けていた。と、2点鐘が鳴った。その直後だ、当直の航海士は最上との測位を行おうと従羅針儀の方位環を構えたが、突如左前方に明るい光が瞬間的に数発輝くのを見た。
「お、はやくも夜戦開始か?」
同じく当直の副長が冗談を飛ばす。照明弾にしてはあまりにも遠く、しかもカラフルできらびやかな散り方で、誰の目にも明らかに納涼の打ち上げ花火であることが判る。若い水兵が小さく笑った。すると再び解説が入る。
「夜戦と言っても妙人を獲得するための競争だがね!」軽口を叩く副長だが冷やかすほどには本人は笑っていないようである。副長は独身だった。
打ち上げ花火は次々に上げられてゆく。赤や緑、金色の輝きが遅れて聞こえてくるパチパチという音と共に、祭りの盛り上がりを感じさせてくれた。

『あいつも今頃、あの花火を見ているんだろうか。』
方位環の視準器から目を離し、航海士は妹を想いだした。
想えば丁度故郷の沿岸を乙巡三隈は航行中であった。

*1:LNMさんの御指摘により改訂