〜彼方からの閃光〜#15

まさにその時だ。バタンッと大きな音を立てて背後のハッチが開いた。
「待てっ、貴様らぁっ!」
 ハッチドアに立っているのは、頭を包帯でぐるぐる巻きにした那須少佐だった。そしてその背後に新実軍医長と五名の兵員が拳銃を手に撃鉄を上げて並んでいる。
「高柳少佐!これはどういうことだ!?」
 那須は室内へ飛び込むやいなや目を見開いて驚愕する高柳に掴みかかった。普段からの思いもあったのだろうか、那須はものすごく大きく振りかぶって一発強烈な拳を顔面に入れた。高柳はもんどり打って床に転がった。そのまま那須は振り返りざまに、漸く我に返って立ち上がった櫻井の注射器を持つ手に蹴りを入れた。呻く櫻井のはるか先に注射器は落ちて粉々に砕け散った。そこへ新実軍医が拳銃を突きつけた。櫻井は一瞬たじろいだが、すぐにその長いリーチを生かして、新実の拳銃を銃口ごと押さえてしまい、新実と櫻井は揉み合いだしたが、那須少佐が再び櫻井の背中から羽交い締めにして、首を腕で締め上げた。新実は拳銃をすぐに持ち直し、櫻井の顔面に突きつけると、悔しそうな顔で櫻井は足掻いたが、もはやこれまでと思ったのだろうか、突然力を無くしうなだれた。苦し紛れに伊吹を取り押さえていた兵員たちも首謀者が取り押さえられると反抗する気力も無くなったのであろう。なすすべも無く押し入ってきた新手の衛兵たちに拳銃を押し付けられ、手を上げた。高柳は床にひっくり返ったまま起きあがるそぶりが見えなかったが、二人の衛兵が拳銃を突きつけて監視し、櫻井はそのまま那須の手から別の衛兵たちに取り押さえられた。那須はしてやったりといった表情で、包帯の中からニンマリと満足げな目と口を表し、ぽんぽんと手を叩いた。
 櫻井が押さえられるとの見届けると新実軍医が伊吹に駆け寄って、ひどく殴られて口元から流れる血をハンカチで拭ってやった。
「大丈夫か?伊吹君。」
「先生っ。」
 伊吹は新実に抱かれながら激しく嗚咽し始めた。彼は、しっかりとその体を抱きしめてやった。
「かわいそうに。もう大丈夫だ、安心しなさい。」
 通路から別の兵員が大声で報告した。
「少佐、隣の倉庫に通信兵二名が閉じ込められていました!」
 見ると隣室から兵員に抱えられた弾道管制所を守っていたはずの金山と板見がよろめきながら助け出されていた。二人とも酷く殴られたらしく、顔に痣が残っている。そして伊吹を見て申し訳なさそうにうなだれた。すぐに二人は治療所へ連れて行かれた。
 ようやくばらばらと4,5名の水兵を引き連れて、現れた澤幡衛兵伍長を見るなり那須は勝ち誇ったように言った。
「遅いぞ、衛兵伍長!こいつら反乱だ。」
 言いながら気絶している高柳を引っ張り出して、澤幡に差し出す。高柳は白目をむいて気絶したまま、釣り上げられた鯉のようになっている。
「ありゃ、発令所長?!なんでまた、こんなことに。」
 澤幡は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚いて、その有様をきょとんと見ている。
「何の罪も無い藤原准尉をとにかく手篭めにしていたのは違いない。衛兵伍長、えーい、早くこいつらを懲罰室へ、」
「いや、その必要は無い。」
 そう言ったのはいつの間にか、ハッチドアをくぐって顔を覗かせた森下艦長だった。
「艦長!?」
 森下はつかつかと近づいて、那須の正面に立った。そして静かに言った。
「高柳少佐は連合艦隊総司令部の総意に基づき行動したのだ。ただ、それを私に告げずに行ったことは然るべき処断を持って私が責任を持つ。」
「どういうことなのですか?!説明を願います。納得いきません!」
 那須は激しい怒りを隠さずに大声で語気荒く問いただした。森下は静かにそれをにらまえると苦渋の色を浮かべた。
「この期に及んで、何を隠すこともあるまい。」
「私が説明します、艦長。」
 森下に引き続いて今井大尉が中に入ってきて、その会話に割り込んだ。
「そうだな。私が知らないことが多すぎるようだ。」
「申し訳ありません。お許し下さい。」
「そう繰り返し謝られても仕方がないだろう。君の守るべき本来の命令に沿っていたことなのだから。」
「ありがとうございます、艦長、いえ、森下司令。」
「ちょっと待ちたまえ、これから先の話は人払いした方がよいだろう。
 衛兵伍長、高柳少佐は治療所に預けて手当てしてやってくれ。のびたままでは役に立たんからな。後で指示を送る。そのでっかい上等兵と他の兵員は君がそのまま引き連れて目の届くところで使ってくれ。様子を見て要所へ配員して欲しい。よけいなことが出来ないくらい忙しいところが良いな。運用長が人欲しがっていたぞ。発令所へは別の者を送る。主砲が各個照準しか有効でない今は大して人も要らないだろう。」
 衛兵伍長に促されて、高柳、櫻井を担いだ他の兵員たち全員は出て行った。
軍服のあちこちを鉤裂きして身なりも酷くなった今井は、薄汚れた顔に疲労をにじませていた。彼は、悲しそうに気絶して伸びている高柳を一瞥し、新実軍医長の胸の中でわななく伊吹を見やって、目をそらしぐっと何かをこらえるように部屋の天井を見た。
「時間も無いので簡単に。」
 そういうと、両の手を組み合わせて腹の上に付けるとまるで懺悔をするような姿で一言一言ゆっくりと語り出した。
「高柳少佐は私ともども、本作戦における人間機械融合兵器<セ号>計画の担当責任者であります。この思念波増幅装置は皆さんがごらんの通り、一人の”能力者”とこの戦闘艦「伊吹」を結びつけ、艦を自由自在にコントロール出来るように開発されました。言わば<セ号>とは、”能力者”とこの装置そして戦闘艦「伊吹」すべてを指すモノであります。本計画の要のひとつ、目黒の海技研で戦前より十分に研究されていた思念波増幅装置開発は私と高柳少佐を中心に行われ、これを新しい戦闘艦か無人特攻戦車や無人特攻航空機あるいは自航式爆弾などに応用できないかと先年密かに配備された陸海軍合同極秘技術部隊『九0七部隊』において、すべてが立案計画されました。藤原准尉が見いだされたのは丁度、装置開発に目処が立った頃でした。」
今井は伊吹を眺めてから、言葉をつなげた。
「藤原准尉は皆様ご存知のとおり、その巨大強力な超能力を持っています。しかし、感情の生き物である人間が、戦闘についてそれを回避しようとする性質のものであることは、皆様よく理解できることでしょう。そのため、人間機械融合兵器<セ号>の主体たる彼女には、ある対策を施さざるを得ませんでした。」
 すると弾道管制室の奥へ進んだ今井は、思念波増幅装置の前に立つとその装置を両手で愛おしそうになで上げた。
「それは彼女をいざとなったら意のままにコントロールできるように暗示をかけておくことでした。」
 振りかえって今井はその場全員を見渡した。仁王立ちで何を言うのかと見ているミイラ男のような那須、その足下に蹲った伊吹とそれを膝立ち座りで抱きかかえる新実軍医、そのすぐ横で自分をじっと見つめる森下艦長。どこまで彼らにこの事情を理解してもらう必要があるのだろう。
「訓練中に彼女は私自身が開発に関わった催眠誘導剤、特B剤で催眠をかけ、一切の感情を切り捨てて目の前にある標的を撃滅するという単純な命令をこなすだけになれる様に暗示を与えたのです。そして、それは短い間の実験訓練では完全なものになっていました。そう、短時間なら問題は無かった。
 高柳少佐は、単に、それをなかなか発動しない私に業を煮やし、単独で暗示を開いて<セ号>を行使しようとしただけだと思います。
 そして、この件は森下艦長をはじめ現在展開している艦隊内部で知る者は、私と高柳少佐のみ。誰も一切知らされていないはずです。連合艦隊司令部直属の指令を我々は独立して預かっていたのです。理由は簡単です。<セ号>が発動しても誰もそれと知らずに戦闘を続けることが出来るわけですから。
 先ほど、那須少佐から新実軍医を通じて艦橋へ連絡があったとき、准尉が再び弾道管制所に入ったという話から、私は高柳少佐が私を抜きにして”セ号”を発動させようとしていると直感しました。だから、この緊急時、命令違反ですが全てを説明し理解を求めざるを得ませんでした。
 艦長、そして少佐、軍医。申し訳ありません。軍機を明かした命令違反を。そして私情に流された自分をお許しください。」
 そこまで言い明かしてから、くるりと振り返った今井の顔は涙でボロボロであった。
「だって、この愛おしくも可憐な少女を血も涙も無い殺戮兵器にできるわけが無いじゃないですか!?」
 今井はそこまで言うと伊吹に駆け寄った。新実軍医は、そうっと伊吹の体を引き離し、その体を今井に押しやった。伊吹は抗わずに自然とそのまま今井の腕の中へ体を移した。
「藤原准尉。申し訳ない。自分の優柔不断のせいで、君をとことん酷い目に合わせてしまった…」
 伊吹は今井の目をじっと見つめた。
「大尉。」
「本当に男として君に謝りたい。任務とは言え君を裏切った罪は地獄に落ちてでも報われないだろう。」
 伊吹はむくりと起き上がって、今井の腕の中へ顔をうずめた。
「私は、もう、いいんです。」
 埋めたその腕の中から小さくそうつぶやくと、伊吹は顔を持ち上げて力を振り絞って、その腕を抱きしめた。
「私の暗示を開いてください。」
 驚愕した今井の顔を見て伊吹はポロリと一粒涙をこぼした。
「このままでは、「伊吹」がみんなが。何とかしなければ。だから、私の暗示を開いてください。そうすれば、私はきっと皆を救うことができます。」
 今井はきっぱり頭を振った。
「簡単にそれはできない。確かに二十二分までの特B剤効果は確認している。しかし、副作用がある。実験であの薬を利用することによって、ほとんど不確定的に 前後の君の記憶が消し飛んでいる。それは投与する量に指数関数的に比例している。もし、この戦闘持続に必要な長時間に対して特B剤を必要量を投与したら…」
 今井は口ごもった。長い沈黙。
 ようやく、彼は厳しい顔で伊吹の瞳を見つめて言った。
「大量の投与は、君の”自我”が消し飛んでしまうかもしれない。いや、そうなる。」
 居並ぶ面々は凍り付いたように全員が今井を見ている。砲声が破壊音が開いたハッチドアの方からあたかもラジオ放送を聴くように低く聞こえてくる。
「やめやめ!もう、やめろ!そんな馬鹿な薬だかなんだかに頼って、何が人間機械融合兵器だ!人間を機械のように扱うなんてのはトンデモねぇ。全くそんなことを考える奴はくそやろうだっ!」
 沈黙を破って、那須少佐が大声で叫び、ついで森下艦長に向き直って言った。
「艦長!やりましょう!まだまだ主砲も高角砲も生きているし、弾薬はある。行き足は鈍ったとはいえ、速力も20ノットは出る。なに、戦闘はこれからです。これからが本番です。」
「そうだね、高射長。」
 渋面で佇んでいた森下は、ぱらっと破顔して那須の真剣な顔を見た。そして那須の肩を叩いた。
「よし、こうしてはいられん、艦橋へ上がろう。まだ我々には多くのやり残していることがありそうだ。」
 森下はそう自嘲気味に言うと那須の肩越しに柔和な眼差しで今井と伊吹を見やって言った。
「今井大尉。この件はもう良いだろう。”セ号計画”は頓挫した。ここにある装置が”壊れていて”は出来るモノも出来ないからね。」
 そう言って思念波増幅装置のほうへ顎をしゃくり、ちゃめっけたっぷりにウィンクをして見せた。
「今後はこれまで通り我々帝國海軍軍人の船乗りの矜恃を見せよう。そして持てる力を出し切ってこの困難を生き延びよう。巡洋艦とは言え、思いの外「伊吹」の抗堪性は高いぞ。嬉しいじゃないか!これまでの戦闘で敵の攻撃も半減している。まだ、まだやれる。」
 森下は唇をちょっと噛みしめて、一言一言平静に言葉を連ねた。艦長は何故このように落ち着いておられるのだろうか。彼らは日頃から森下が激昂しているのを見たことがなかった。指示は的確、間違いには寛大で、人を責めず、しかしその冷静な命令指示には何としても従わねばならないと思わせられる不思議な力があった。我らが尊敬し誇りある艦長のために自分の全てを発揮しなければならないと思わせらられる大きな力を持っていた。那須はいつもながらに思った。この艦長なら行ける。自分こそに不運がなければ、まだまだやれると。
「な!高射長。」
「はい、艦長。」
 那須の熱い眼差しに笑顔で答えつつ、森下は今井と伊吹に向き直った。
「今井大尉、後を宜しく頼む。落ち着いたら艦橋に来たまえ、待っている。高射長、行こうか。」
那須は直立不動になり、ばっと敬礼した。森下も軽く敬礼を返し、その手を下げないまま、ちらりと新実軍医に目配せするとひょいと身を翻してハッチを出て行った。ちょっと遅れて、猛烈に腕を振り回しながら、「如何に強風」を鼻歌交じりにまさしくミイラ男も張り切ってそれに続いた。
「今井大尉。」
 残った新実が微笑んで声をかけた。
「手が空いたら伊吹君をまた私のところへお願いできるかな。」
「わかりました。ほんのちょっと時間をください。直ぐ行かせます。」
 新実は床に放置していた拳銃を拾い上げるとしばしそれを見つめ、やがて腰のホルダーにそれをゆっくりと納めた。そして白衣の襟を直して一詩を朗々と歌い出した。。
「〜Die alte Weise sagt mir’s wieder mich sehnen −−und sterben!(あの変わらぬ調べが私に繰り返す 憧れよ そして死せよ!)
  Nein! Ach nein!(いや、違う!)
  So heißt sie nicht!(そう そんなことを言ってはいない!)
  Sehnen! Sehnen!(憧れよ!憧れよ!)
  Im Sterben mich zu sehnen vor Sehnsucht nicht zu sterben!(死に憧れ焦がれるも憧れて死ぬのでは無い!)〜」
 歌い終わると新実はしかし深い憂鬱を隠さず、床に蹲る二人をじっくりと眺めた。
「毒を以て毒を制す、か。」
「艦長もいよいよ死神と会談されているのかもしれんね。さて、君たち、君たちもまた『生きて』我がマルケ王の祝福に会わんことを!」
 日本刀を鞘に収める侍のような冴えた身のこなしでひらりと身を翻して軍医長が出て行くと、弾道管制所の広い二人だけの空間は妙に安らいだ空気に満ちていた。
「大尉。」
「あ、なにかな。」
「もう少し、私を抱きしめて居てくださりませんか。」
 今井は黙って伊吹の体をちょっと強めに引き寄せ、小さな背中をぎゅっと抱きしめた。思えば、先ほどまで何も感じられなかった熱い鼓動を今井は伊吹の体から感じる。べったりとあちこち血塗られた白亜のセーラー服、しわくちゃでその裾も擦れて本来の肌触りを失っているスカート、乱れた長い黒髪、頬に擦り付いた血糊。なんという少女の日常あり得ないすさまじい姿なのだろう。しかし、薄目をあけてうっとりと今井に身をゆだねる彼女の瞳には、相変わらず凛とした光の星々が煌めいている。その目の中の宇宙に吸い込まれ、その星を見守るうちに今井の意識は伊吹の姿を見失った。
 ここは一体どこなのだろう。今、満身創痍になりつつあるこの巡洋艦に、こんなに安らいだ空間があるなんて誰が信じるだろうか。ふと我にかえると彼方此方とぶつけて破れた数十の傷がガリガリと身を削るように痛む。伊吹はここにいる。今、ここに。ああ、伊吹を抱きしめているこの左腕もひじが割れるように痛いから、関節骨折をしているのは間違いない。なのに、今、伊吹を抱きしめている自分は驚くほどに気持ちも爽やかで心地よく、今、生きていることの喜びを感じている。
「伊吹君。」
「なんですか?大尉。」
「私は君に謝らねばならないことがいっぱいあります。」
 伊吹は目線をはずさずに答えた。
「聞きたくありません。」
「いや、聞いて欲しい。」
 伊吹の上体を引き離すと今井は正面から見据えて伊吹の制服のリボンを直した。
「始まりにおいて自分は君をただの研究対象として、この”セ号”開発に関わった。申し訳ないが、これは本当のことだ。
だから、君は最初のころはただの人の形をしたモノでしかなかった。そして、この巡洋艦「伊吹」に君が組み合わさった時、自分はその計画が神を乗り越えるほどの素晴らしいものに思えて有頂天だった。
 自分は機械が好きだ。機械に愛を感じるといっても過言ではない。だから、手塩にかけたあの思念波増幅装置もあまり他の人間に触らせたいものではなかった。 そうさ、恥ずかしながら、ある時期、あの装置に自分はリビドーさえ感じたことを告白しよう。
 そしてやがてそれに組み込まれた君。美しいと思った。この世のものではないほど、美しいと。
 笑ってくれ。うん。あざ笑って欲しい。
 生身の女性を美しいと思ったのは、生まれて初めてだったかもしれない。」
 苦笑して今井は伏目になったが、また直ぐに伊吹の顔を見つめた。
「そして今君をこうして抱きしめて、この艦の魂を抱きしめていることを実感する。外も中身もボロボロのこの君自身が本当にこの艦「伊吹」はように思えてならない。

 ごめん。

 深く謝りたいと思う。
 僕はやっぱり機械と人間が区別できない片輪だったんだろうか。」
 今井は珍しくはにかみながらそう言って、ちょっとの間呼吸を整えてから口を開いた。

「伊吹、君が好きだ。」

 伊吹の漆黒の瞳が見開かれたその驚く目を、真剣に見据えたまま、今井は制服の埃を振り落としつつ、すくっと立ち上がった。
「さぁ、行きましょう。まだ我々は命がある。航海長が言うには沖縄までもう少しだそうです。我々は第二艦隊をそこへ送り込めれば作戦任務終了。何とかうまく戦闘から離脱して生き残れる可能性はまだまだ高いです。」
 伊吹も傍らの”黒い椅子”に寄りすがりながら、そろそろと立ち上がった。”黒い椅子”の足下には”銀の冠”が無造作に転がっていた。伊吹はそっとそれを椅子の上に乗せた。今井は思念波増幅装置のメインスイッチを切り、二本の特B剤が入ったまま開いていたロッカーの扉を閉めた。
 二人はそろって弾道管制所のハッチを潜り出て、その扉を閉めた。ここにはもう二度と来ないかも知れない、と伊吹は何か運命の扉を閉めるような深い感傷にふけった。今井が重い扉を一個一個クリップを止めた。それは封印のまじないのように感じた。
 相変わらず砲声が木霊する硝煙の臭いが漂う通路を寄り添って二人は歩いたが、すぐに上甲板へ上がるラッタルのところに辿り着いてしまった。
 艦橋に向かう今井とそのまま中甲板の治療室へ向かう伊吹は、ほんのちょっとだけ瞳と瞳を合わせて、お互いの無事を言葉無く交わした。伊吹は敢えて念波を使わなかった。そんなものが無くても今井には十分すぎるほど目で伝えることが出来るから。
 今井が振り向きもせずに一目散にラッタルを駆け上がるのを見送って、伊吹は一人、再び暗い艦内奥へと進んでいった。