菊結び((外伝その3))

「大尉、菊結び出来ましたよ!」
「おお、随分早く上手になりましたな、さすがです。」
 今井は感心したそぶりでうなずいた。
「ほほう、1,2回でこれが出来るようになるとはさすがだね!」
強面の川村砲術長もビックリしたようにのぞき込んだ。
「ロープワークが達者なのは良い船乗りの素質アリだね。」
彼は腕組みを崩さず真顔でそう言った。
「砲術長の御指導の巧さですよ。」
今井が笑っていった。
「大尉、そんなに褒めても何も出ないからな。まー、とりあえず、一杯やるかい?」
くるりと回れ右すると傍らに抱えていた一升瓶を軽々持ち上げて、川村は茶碗に浪波と注ぎ、今井に手渡した。
「いや、これはありがたく!では、頂きます。」
今井はそれに口を付けて一口飲み込んだ。さわやかな芳香が口いっぱいに広がった。
「伊吹君もこれ、酒の味が分かると一人前なんだけどな!。」
川村がこれまた真顔で言ったので、せっかくの吟醸酒をブッと吹き出して、さすがに今井は申し訳なさそうに言った。
「砲術長、それはさすがに今分からなくても良いかと想います。」
二人がそんなやりとりをしているのを知ってか知らずか、伊吹は夢中でマニラロープをくって今度は「淡路結び」に取り組んでいた。